フリーゲージトレイン導入困難、混迷深まる九州新幹線長崎ルート

JR九州が九州新幹線長崎ルートへのフリーゲージトレイン(軌間可変電車、FGT)導入を断念する考えを示しました。採算面で成り立たず、安全面での懸念がぬぐえないとして、FGTに代わりフル規格新幹線での整備を希望しています。しかし、フル規格となれば佐賀県の負担額が大きくはね上がり、簡単に同意を得られそうもありません。長崎ルートの行方は混迷を深めています。

耐久走行試験で不具合発覚、実用化のめど立たず

フリーゲージトレインは車輪の間隔を変え、線路の幅が異なる在来線(1,067ミリ)と新幹線(1,435ミリ)の双方を走れる車両で、国が1998年から本格的に開発を始めました。在来線区間なら時速130キロ、新幹線区間だと270キロで安定走行することが目標です。この目標は既に鉄道・運輸施設整備支援機構の性能確認試験で達成しました。国の実用化目標は2025年。

しかし、耐久走行試験で試験車両の車軸とすべり受け軸の接触部に摩耗が発生していることが分かりました。改良の結果、車軸の摩耗量は対策前の100分の1ほどに抑えられましたが、改良目標に一部達せず、約2年半にわたって中断している耐久走行試験の今夏再開も見送られています。

すべり軸受けの加工精度向上など追加対策が必要で、国土交通省は改良と検証を終えるのに「年単位の時間が必要」とみています。これにより、実用化目標の達成は事実上、困難になりました。

従来、新幹線の約3倍とされてきたFGTのコストは、約2倍に抑えられる可能性が出てきましたが、それでもJR九州は全面導入で年間約50億円の負担増になると試算しています。実用化のめどもまだ立たないのが現状なのです。

長崎ルートの整備計画は抜本的な見直しへ

長崎ルートはFGTの導入を前提に整備計画が立てられました。福岡県の博多駅から佐賀県の新鳥栖駅までの26キロは九州新幹線鹿児島ルートとの共用区間とし、新鳥栖駅から佐賀県の武雄温泉駅まで51キロは在来線の線路を活用、武雄温泉駅から長崎県の長崎駅までの66キロはフル規格で整備するとしています。

整備新幹線は国と地元自治体が建設費を負担し、JRが使用料を支払う枠組みです。FGTを導入したのは福岡までの距離が短く、時間短縮効果が小さいとして多額の整備費拠出に否定的な佐賀県の費用負担を軽くする狙いがありました。そのため、まだ海のものとも山のものとも分からないFGTを当てにしたわけです。苦渋の選択とはいえ、慎重さを欠く判断だったかもしれません。

その後、開業予定の2022年度にFGTが間に合わないことが分かり、在来線特急と新幹線を武雄温泉駅で乗り換えるリレー方式で暫定開業、2025年度にFGTによる全面開業を目指すことが決まりました。しかし、さらに実用化が遅れたことで全面開業時期が見通せなくなり、整備計画の見直しを余儀なくされているのです。

JR九州と長崎県は全線フル規格整備を要望

FGTを目標通りに導入するのが難しいとなると、実用化までリレー方式を続けるか、別の方策を模索する必要があります。JR九州はリレー方式の長期化、固定化について、時間短縮効果が限定的で運営コストが大きいとして、経営上の問題になるとの考えを示しています。仮にFGTが実用化されたとしても、JR西日本が速度の遅いFGTの山陽新幹線乗り入れに否定的なだけに、関西直結のメリットを手に入れるのが難しい状況です。このため、沿線ではフル規格での全線整備を求める声が高まっています。

長崎県の中村法道知事は与党の整備新幹線建設推進プロジェクトチームの検討委員会に対し、全線フル規格での整備を求める考えを明らかにしました。FGTの完成をいつまでも待つことはできないという思いがあるからです。九州商工会議所連合会の礒山誠二会長(福岡商議所会頭)ら九州経済界、佐賀県嬉野市の谷口太一郎市長、武雄市の小松政市長ら佐賀県内の首長の間でも、フル規格待望論が出ています。

佐賀県は負担増からフル規格に反対

しかし、佐賀県はフル規格での全線整備に否定的な姿勢を崩していません。全線フル規格で整備するとなると、全体の総事業費は今の5,000億円からほぼ倍増する見通しです。整備新幹線の場合、自治体負担額は整備区間の距離で決まります。佐賀県の実質負担は現在の225億円が約800億円にはね上がるという試算もあります。福岡市を起点に考えればそれほど大きな時間短縮効果を得られない佐賀県にとって、多額の負担をしてまで必要な路線という思いは小さいのでしょう。「議論できる環境にない」というスタンスを崩そうとしないのです。

こうした現状を打開するには、整備新幹線建設の仕組みを改め、費用便益で地元自治体負担を分ける方法が考えられます。しかし、負担額が大きいだけに、長崎県などがすんなり受け入れるかどうかは分かりません。山形新幹線のようなミニ新幹線方式も考えられますが、工事中に在来線の運行ができなくなり、バス輸送か片側交互運行で対応せざるを得ないデメリットがあります。与党検討委員会は早期に結論を出したい意向ですが、非常に難しい判断を迫られそうです。

高田泰

高田泰

50代男。徳島県在住。地方紙記者、編集委員を経て現在、フリーライター。ウェブニュースサイトで連載記事を執筆中。地方自治や地方創生に関心あり。