天皇陛下の退位に関する法整備で、衆参両院の正副議長が会談し、両院合同で国会での議論を進めることに合意しました。政府は陛下一代に限って退位を認める法案を国会に提出する考えです。しかし、特別立法での対応は皇室典範の規範性を損なう恐れもあります。国会でどう議論していくのでしょうか。
皇室典範に存在しない生前退位の規定
日本国憲法は皇位継承について「皇室典範の定めるところ」と規定しており、皇室典範では皇位継承者を「皇統に属する男系の男子」と定めています。現在の継承順位は
- ■皇太子殿下(第1皇男子)
- ■秋篠宮文仁親王(第2皇男子)
- ■悠仁親王(皇孫、秋篠宮親王第1男子)
- ■常陸宮正仁親王(皇弟、昭和天皇第2皇男子)
-となっています。しかし、皇位継承はあくまで天皇の崩御が前提。退位に関する規定はどこにもありません。天皇陛下は83歳とご高齢で、議論に時間的な制約があります。このため、政府は一代限りの特別立法で対処しようとしています。
政府が「2019年1月1日の新天皇即位」、「退位後の呼称は上皇」などを検討しているとして連日、マスコミの報道合戦が繰り広げられていますが、いささか性急すぎるような気がしてなりません。
欧州では国王の生前退位が当たり前
皇位継承が明確に天皇崩御を前提にするようになったのは、明治の大日本帝国憲法からです。それ以前には天皇が退位して上皇になるのが、珍しくありませんでした。同時に複数の上皇が存在し、通常は即位、譲位の最も早い上皇が治天として朝廷を支配していました。
欧州の王室では当たり前のように生前退位が行われています。オランダでは第2次世界大戦後、すべての王位継承が生前退位によるものです。1975年の王政復古でスペイン国王に即位したファン・カルロス1世は2014年、退位の文書に署名し、議会の承認を得て王太子に王位を譲りました。ベルギーでも第2次大戦後、2度の生前退位がありました。国王を終身君主と想定している英国でも、エドワード8世が1936年、離婚歴のある米国人女性と結婚するため、即位後1年も経たずに退位しています。
欧州の感覚からすると、生前退位は少しも珍しいことではないのです。
与党は一代限りの特別立法、野党は皇室典範改正を主張
2016年8月に陛下が退位の意向をにじませたおことばを出されたのを受け、与野党とも退位を容認する方向です。与党の自民党や公明党は正式に党の方針を示したわけではありませんが、政府内で強くなっている陛下一代に限って特例的に退位できるようにする特別立法を支持する声が多くなっています。
恒久的な制度化は要件の設定など困難な課題が多く、その都度対処する方が現実的というわけです。天皇の意思を退位の制度化に盛り込むことには、憲法で禁じられた天皇による国政への影響力行使に当たりかねないとして慎重です。
これに対し、民進党など野党側は制度化を前提として皇室典範の改正を主張しています。憲法の規定通り、皇室典範に規定しなければ、規範性を損なう恐れがあると判断したからです。日本世論調査会が2016年11月に実施した皇室に関する世論調査では、法整備を今後の全天皇を対象とすることを70%が望んでいました。
多様な意見の集約が国会に課せられた使命
政府の有識者会議は今春、最終提言をまとめる方針です。政府はこれを受け、国会に法案を提出することになりますが、国民の総意を政府や有識者会議だけで形成できるはずがありません。全国民の代表機関である国会が国民の総意を見つけ出せるよう努めることは当然です。天皇の地位に関する問題を政争の材料とすることも避けなければならないでしょう。
陛下のおことばが出たあと、これに対応する政府の動きが次々に報じられていますが、国民の目に触れる場所で十分な議論が進められているようには見えません。国民の多様な意見を集約し、合意形成するのが、国会に課せられた使命です。検討結果を情報公開しながら、与野党が活発で奥行きの深い論議を進めなければなりません。