南シナ海と一帯一路。この壮大な構想は正しいのか。

一両日のうちに南シナ海がらみのニュースを立て続けに見ました。どうやら中国が南シナ海南沙諸島の7つの人工島のすべてに近接防衛システムを配備したようだというものと、その南沙諸島のいくつかの島にある灯台をモチーフとした切手を中国政府が発行してベトナムが抗議したというものと、中国海軍が米国海軍の無人海洋調査潜水機を目の前でかっさらっていって米海軍が抗議した、というニュースです。あいかわらず南シナ海は話題事欠かない状態です。

最後の無人調査潜水機はあくまで公海上の話ですから、それはいくら何でも酷い。しかも目の前で。米海軍海洋調査船の460mまで接近してなのだとか。中国が発表した理由は「正体不明の装置を発見し、危機が及ぶのを避けるため」だとか。その後、中国国防省は、米軍によるこの活動を偵察・軍事的測量だとして活動の停止を求め抗議しました。

米国トランプ氏の中国に対する厳しい発言、特に一つの中国にこだわらないという強烈なメッセージの影響がないわけではないと思います。六中全会で核心とされた習近平国家主席ですから、核心である以上、すべての軍を掌握しているはずですが、今回の一件が国家主席の承認の範疇なのかどうかは定かじゃありません。多分違います。しかし、リーダの意向をかなり反映した行動であったことは想像に難くありませんし、危険な状態であることは間違いありません。

中国の意図は何か。まず中国は南シナ海を死活的海域だと思っているということ。なぜそう思うのかというと、結論から言えば、中国のそもそもの意図は、軍事的覇権などというものではなく、経済権益の確保だと思うからです。であるならば、西進(marching west)政策は彼らにとって理にかなったものになります。第一は、経済権益を確保するためには、最も重要なのが国内政治の安定です。国内政治が不安定化する可能性があるとしたら、経済的国内格差。これは内陸部と沿岸部の格差と言えます。だからこそ西部・内陸部の開発を急ぎたいと思うのだと思います。もう一つは、経済発展は資源需要の伸びを意味しますから、中東への影響力を強めたいという思いからの西進です。天然ガスを中東から仕入れるには、当然シーレーンを確保しておきたいはずです。だからこそ南シナ海は絶対海域になります。

しかしアメリカは怖い。マラッカ海峡を封鎖されれば天然資源は入らなくなる。だからこそ、パキスタンのグラダル港から中国西部にパイプラインを引けばインド洋すら通らなくて済むし、またミャンマーのチャオピュー港からパイプラインを引けば、アンダマンニコバル諸島すら通らなくて済む。つまりシーレーンの代替手段になる。さらに言えば、シーレーンやパイプラインに面した要衝の整備をAIIBによってファイナンスすれば、影響力は維持できるし、中国国内の西部の労働力をそうした海外インフラ整備に充当することができれば西部の賃金は上がるし、パイプライン要衝として発展する可能性もある。これがいわゆる、一帯一路、中国のシルクロード構想なのだと思います。

この構想を前提とすれば、地中海からインド洋、そしてアンダマンニコバル諸島を超えてマラッカ海洋、さらには南シナ海までの広大な海域の安全保障を確保する必要性が見えてきます。すると、中国が1998年にウクライナから買ってきてようやく運用実験段階に入った空母の意図も見えてきます。まだまだ実戦運用には至らないと言われていますが、空母を実際に運用するためには3隻程度保有し、それぞれ空母戦闘群に仕上げる必要があると言われています。そして確かに中国は自前で2隻の空母を建造していると言われています。これに、巡洋艦・フリゲートを用意すれば完成です。2025年くらいではないかと民間の研究者に伺ったことがあります。

また更に言えば、サイバーアタックに関する米中のやり取りの意味も徐々に解ってきます。運用面でも技術面でもノウハウのない中国にしてみれば、何とか技術を入手したい。基本的にその意図で中国は米国などにサイバーアタックをかけて違法に情報を入手する。しかし米国はそれは禁じ手であると考える。米国が中国に文句を言うと、中国側はお前らだってやってるじゃないか、となる。しかし米国にしてみれば、サイバーアタックは自国の安全保障に戦略的に直接関係ある領域しかかけない。価値観が違うので話が合うはずもありません。中国のサイバーアタックの主目的は、恐らくは艦載用戦闘機であると思われます。空母戦闘群を運用するのに艦載機は必須ですから。

また、以上の見立てに従うと、スプラトリー諸島を昔、力づくで奪った意味が見えてきます。第一列島線以内、特に9段線の海上優勢の確立によるシーレーンの確保。もちろん当該領域の資源確保もありますが、より大きな戦略に利用する価値を見出し、埋め立てを図っているのだと理解できます。また、海軍主力を北海艦隊から、南海艦隊に移し、母港を南海島に設定する意味も見えてきます。

一方で、第一列島線の内、南シナ海から尖閣のある東シナ海はどうなのかと言えば、ここは空母戦闘群のように常時の海上優勢を確保する必要もなく、多様な事態に対処できればよいので、より小型なフリゲートでいいということになったのだと思います。現在、年間10隻以上のハイスピードで建造がすすんでいるそうです。小競り合いに勝ちさえすれば、勢力を確保できる。しかも、東南アジア諸国の海軍力は比較的小規模なものが多いので、それで十分ということも言えます。

ちなみに東シナ海は、どちらかと言えば、安全保障上の意味合いでは、第一列島線を超えるためであって、その目的は太平洋への海路を確保し、アメリカの牽制をしておきたいということだと思います。そう考えれば、日本の自衛隊が遭遇することになる艦船は、空母戦闘群などといった戦略艦隊ではなく、大量のフリゲートということになるのだと思います。もちろん、トランプ氏による、必ずしも一つの中国政策に拘泥されないという発言が確信的なものであるならば、尖閣や東シナ海はもっと違う意味合いを持つかもしれません。例えば1週間前に中国空軍が沖縄と宮古の間を飛行し、スクランブルをかけた空自機に対して、妨害弾を発したとして抗議をしてきました。日本政府は、そんなもん打ってない、と反論しています。これもトランプ氏発言の影響なのかもしれません。

とにかく上記の第一列島線や9段線はもちろんの事、マラッカから地中海までは、アメリカには関与してほしくない、ということであって、だからこそ何年か前に、中国が米中の新大国関係論をぶち上げてみたり、共同管轄論(米は太平洋、中国はインド・大西洋)をぶち上げてみたりしたのだと推察できます。

以上のように考えれば、強く強く思うのが、こうした中国の労力は違う方向に向けるべきではないのか、ということです。力づくで自国の権益を確保しようとするのではなくて、国際社会に受け入れる形でエネルギーを割いて欲しいものです。もちろん、上記の考えは政府の考えでもなければ党の考えでもありません。民間研究者から頂いた種々の意見を勘案して私が勝手気ままに書いたものですので、まったく当たらないということもあるかもしれませんが、あまりに全てが繋がるのだとしたら、そう構えて日本も政策を構築せざるを得ません。

米中と日米は、少なくとも偶発的衝突が起きないように、そして起きたとしてもエスカレートすることを絶対にさける仕組みを構築しなければなりません。そして、習近平国家主席の意図を勝手に斟酌した現場の行動を、中国外務省や国防省などの政府が追認する、などという、それこそ旧時代的な、昔の日本のような、そんなことだけは中国には避けてもらいたいと切に願うものです。

出典:大野敬太郎オフィシャルサイト「オピニオン」【2016年12月21日公開】

コラム:先憂後楽

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