都会のIT企業などが地方に設けるサテライトオフィスの誘致競争が激しさを増しています。人口減少が続く地方にとり、大きな設備投資を必要としないサテライトオフィスは魅力的な地方創生策です。先進地では人口の転入超過を実現するなど大きな成果を上げていますが、サテライトオフィスは地方の苦境を救えるのでしょうか。
神山町と美波町が人口の社会増を一時達成
サテライトオフィスの先進地が四国の徳島県です。県集落再生室によると、県内には5月末現在で34社がサテライトオフィスを設置しています。先鞭をつけた神山町とそれを追いかける美波町がそれぞれ13社ずつを誘致し、「神山バレー」、「美波バレー」と呼ばれています。
神山町は人口約5,700人、美波町は約7,200人の人口減少と高齢化に苦しむ地域ですが、古民家や銭湯、公共施設を改修したオフィスに若い世代が働き、地域に活気が生まれています。ともに一時的ではあるものの、転入者が転出者を上回る人口の社会増を達成し、「神山の奇跡」、「美波の奇跡」と呼ばれました。
県内はテレビの地上波デジタル化で難視聴地域となるため、光ファイバーによる高速インターネット網が整備されています。それを生かしてサテライトオフィスの誘致を進めたところ、次々にITやクリエイティブ系の企業が進出したのです。まだわずかですが、地元雇用も生まれています。
若者がもたらした新風で地域に戻る住民の笑顔
神山町や美波町に進出した企業では、田舎暮らしに憧れて定住した人だけでなく、一時的に滞在して仕事をする人もいます。中には豊かな自然の中で子育てしたり、地域の祭りやイベントに参加したりする人もいて、町に新しい風を吹き込んでいます。
神山町ではサテライトオフィスで働く人向けにおしゃれなフレンチレストランがオープンしました。徳島県や徳島大学もサテライトオフィスを置き、住民やIT企業の社員らと交流しています。
美波町では進出してきたIT企業の経営者が地域課題の解決やサテライトオフィスの誘致などを推進する会社を設立、町役場とスクラムを組んで地方創生を率先しています。
両町とも全国から視察や取材が相次ぎ、大忙しですが、町の雰囲気が少しずつ変わり、住民に笑顔が戻ってきたように感じられます。これもサテライトオフィスの誘致がもたらした思わぬ副産物なのかもしれません。
「神山の奇跡に続け」、全国自治体が誘致に続々と参入,「神山の奇跡」に追いつこうと他の自治体も次々にサテライトオフィスの誘致を目標に掲げ、動き始めました。
山口県防府市はNTT西日本などと2016年1月、サテライトオフィス誘致に関する協定を締結、クラウドサービスの無償提供、空きオフィス情報の提供などの支援を始めています。長野県は2015年度から長野市や飯山市、上田市にあるコワーキングスペースを利用して「まちなか・おためしラボ」を始めました。首都圏のIT人材にオフィスや住居を無償提供、首都圏への業務用交通費を補助するなど至れり尽くせりのサービスで誘致を進めているわけです。
総務省も2015年度に「ふるさとテレワーク地域実証事業」を進め、北海道北見地区など全国15地区でサテライトオフィス進出やフリーランサー誘致の可能性を探りました。2016年度も第2弾を計画しており、実証実験の場所となる地域を募り、選定作業に入っています。
誘致競争の勝利に向け、自治体の知恵比べに突入
サテライトオフィスは従来の工業団地のような大規模な投資は必要ありません。古民家の改修に補助金を出すなどこれまでの企業誘致よりはるかに少ない額の出費で誘致活動を進められます。ITやクリエイティブ系の仕事は高速インターネット回線が整備されていれば、働く場所を選びません。双方にとっていいことずくめなのですが、すべての自治体を満たすだけのIT企業が国内にあるわけではありません。
全国一律で同じようなアプローチをしたところで、IT企業や移住希望者の奪い合いになるだけでしょう。どのようなサービスを提供すれば企業が進出しやすいのか、地域の特徴をどうアピールすれば都会の若者の心をとらえられるのか、サテライトオフィス誘致ブームが続く中、自治体の知恵比べが始まっています。