相続分野の規定を見直す改正民法が、去る7月6日の参院本会議で可決、成立しました。相続分野の見直しは1980年以来、約40年ぶりのことです。急速に進展する高齢化社会への対応をめざすもので、今回の改正では、「配偶者居住権」という新しい考え方を導入した点が最大のポイントです。
これによって、夫あるいは妻に先立たれた配偶者が、老後、住みなれた住居に、継続、安定的に住めるようになりました。とはいえ、配偶者居住権にはいくつかの課題もあります。そこで、配偶者居住権のメリット・デメリットなど、その課題を探っていきます。
高齢化社会での配偶者保護に目的
配偶者居住権というのは、耳慣れない言葉ですが、そもそもこの居住権が導入されたというのも、急速に進む高齢化社会の中で、とりわけ夫に先立たれた妻が、老後、経済的に困窮するケースが増えており、相続の分野で、その対応を考慮すべきとの考え方が広まったことによります。今回の改正は、残された配偶者の保護を中心とした、高齢化社会に対応可能な相続制度の確立を図るのが目的と、言い換えてよいでしょう。
従来の相続制度では、夫が亡くなった場合、妻や子どもたちには住居や財産等に所有権が認められ、それぞれ分割、相続されています。今回の配偶者居住権というのは、所有権とは別に、居住権が認められたのです。文字通り、自宅に住む権利です。夫が亡くなれば、ともに住んでいた住宅に引き続き住むのは当然、と考えられますが、遺産相続では、妻が自宅に引き続き住むことは、自宅の所有権を夫から相続したことになります。
遺産相続では、相続財産は自宅と預貯金というのが一般的です。預貯金には、株券、債券、配当なども含まれます。これらは金融資産とも呼ばれ、金融資産が、自宅価値(評価額)の何倍にも及ぶ富裕層もいます。しかし、ここで対象となっている「配偶者居住権」は、そうした富裕層ではなく、ごく一般的なご家庭です。
自宅の売却・処分を避ける
一般的なご家庭の相続財産は自宅と預貯金が普通ですから、夫の死後、妻が自宅に引き続き住む、すなわち、自宅の所有権を引き継いだ場合、現在の法定相続では妻と子どもたちの相続割合は2分の1ずつとされています。預貯金がそれほどなく、相続財産の大部分が自宅の場合、預貯金はほとんどが子どもたちに分割され、妻にはわずかしか残らないケースも出てきます。そうした場合、自宅を売却・処分するケースが考えられますが、それでは妻の居所がなくなってしまいます。
配偶者居住権は、そうしたケースを想定し、所有権とは別に「居住権」を法的に認め、自宅に住み続けながら生活資金である預貯金もある程度確保できるようにしようというわけです。居住権は住むだけの権利なので、住居の売買、賃貸などはできません。
配偶者居住権には、短期居住権と長期居住権の二つがあります。短期は、建物の所有者である夫(または妻)がなくなった後も6ヵ月はその建物に住み続けられる権利です。住宅を処分する場合でも、6ヵ月の間に次の住居を探す時間的余裕があります。
長期は、存命中その住居に住み続ける権利です。これら二つの配偶者居住権は、のこされた配偶者の住まいと生活を保護することに目的がありますが、いくつかの課題も見えてきます。
居住権の評価も課題の一つ
課題の一つは、居住権の評価の仕方です。所有権の場合は、土地評価額や築後年数などによって、土地・住宅の評価を算定できますが、居住権の評価は、現在のところ配偶者の年齢の平均余命などから算出されます。高齢の場合は評価額は低くなりますが、年齢が若い場合の評価額は高くなり、所有権とほとんど変わらない評価額になることも考えられます。住宅以外の預貯金が少ない場合、子どもたちから不満の声も出かねません。
居住権は住み続ける権利であって、売却することはできません。そのため、夫の死後のこされた妻が、自宅で一人で暮らすことが難しくなり、施設に入るため自宅を売却しようとしても、それが難しくなります。居住権とともに自宅の所有権の一部を持っていれば、子どもたちと相談してそれを可能にする道もありますが、手続きが厄介といえます。
先妻に先立たれた父親が熟年再婚しその後なくなった場合、後妻に入った人の配偶者居住権をどうするかも課題です。後妻が籍を入れていれば相続権がありますが、父親の子どもたちからすると血のつながらない配偶者ですから居住権には抵抗もあります。「お父さんがなくなったから出て行ってほしい」と主張するかもしれません。後妻は子どもたちの同意がなければ、居住権を持つことはできません。父親が遺言で後妻への居住権を明記していれば、遺言が優先されます。後妻は、遺言を楯に居座り続けるケースが出てくるかもしれませんが、家族関係は非常にギクシャクしたものになると思われます。
配偶者居住権は、現行法では法律上の配偶者だけを保護する制度です。そのため、事実婚や同性婚などは相続の対象外です。近年、高齢者の再婚では事実婚を選ぶ人たちが増える一方、若い人たちの間では同性婚も見られます。
家族のあり方は時代とともに大きく変化しています。そうした新しい家族関係に対応した、制度のあり方を検討することも今後の課題といえます。