与党の選挙公約を検証、どこまで達成できたのか?【自民党編】

衆議院が9月28日の本会議で解散されました。政府は臨時閣議で衆院選の日程を「10月10日公示、22日投開票」と決め、事実上の選挙戦がスタートしています。野党側は小池都知事率いる希望の党が立ち上げられ、前原代表による民進党の実質的解党と希望の党への合流、枝野氏によるリベラル派の結集と立憲民主党の設立と、1日ごとに情勢が変わり、カオス状態になっています。

一方の与党側は、安倍首相が街頭演説で「政策をぶつけ合うのが選挙である」と野党の動きを批判しています。安倍首相が力強く訴える「選挙は政策で争う」というのは、まさにその通りです。私たち国民は、立候補者と政党の政策や理念などをしっかりと見極めて投票先を決めなければなりません。また、政権与党に対しては、前回選挙の公約がきちんと実現できているか、前に進んでいるかを確かめて、審判を下さなければなりません。

そこで、前回の2014年衆院選で安倍晋三首相が率いる自公政権が打ち出した公約は、どこまで達成できたのか、自民、公明両党の主だった公約を取り上げ、2回に分けて報告します。

異次元金融緩和と財政出動で超円高を修正

自民党は前回の衆院選で安倍首相の経済政策「アベノミクス」による景気回復を前面に打ち出して選挙戦に挑みました。

2014年衆院選の自民党公約の柱

  • 「経済再生・財政再建」
  • 「地方創生・女性活躍推進」
  • 「暮らしの安全・安心、教育再生」
  • 「積極的平和外交」
  • 「政治・行政改革」
  • 「憲法改正」

自民党は上記を柱に掲げましたが、特に経済政策であるアベノミクスに最も多くのページを割いています。選挙戦では狙い通りに有権者の支持を集め、政権を維持することに成功しました。しかし、選挙から3年近くが経過し、アベノミクスの評価は相半ばするようになってきました。

アベノミクスは第一の矢として大胆な金融政策、第二の矢として機動的な財政政策、第三の矢として民間投資を喚起する成長戦略で構成されています。

2012年末に誕生した第2次安倍政権は第一、第二の矢に該当する日本銀行の異次元金融緩和と大規模な政府の財政出動が功を奏し、1ドル80円を突破した超円高を修正しました。株価の低迷にもピリオドを打ち、輸出産業を中心に企業収益も急速に改善へ向かいます。折から訪日外国人観光客が中国人を中心に急増し、首都圏や京阪神の景気を下支えするようになりました。京都市は観光ブームでホテルの建設ラッシュが続き、地価が急上昇しています。円高修正がアベノミクスへの追い風を生んだといえそうです。

雇用にも好影響が見えてきました。7月の有効求人倍率は1.52倍と43年ぶりの高水準に達しました。バブル崩壊以後、長く続いていた経済の負の循環が、円安と株高の演出で好転し始めたわけです。財務省のまとめでは、金融関係を除く日本企業全体の経常利益は2016年度まで4年続けて最高を更新しました。2016年度は76兆円に達し、5年間で60%増えた計算になるのです。

第三の矢が功を奏せず、デフレ克服は道半ば

内閣府は9月の月例経済報告で「景気回復期間が(高度経済成長期の)いざなぎ景気を越え、戦後2番目の長さになった可能性が高い」との見方を示しました。

デフレ克服は道半ば

しかし、地方を中心に景気回復の実感を得られないとの声が上がっています。潜在成長率は内閣の推定で1%ほどにすぎず、国内で賃金の上昇や消費改善の好循環は力強さを欠いたままです。

春闘交渉では政権の働き掛けもあり、4年連続でベースアップが実現しましたが、上げ幅は過去4年間で最低。2014年の消費増税や社会保障費の負担増を賃上げでカバーしきれず、家庭が財布のひもを固く閉じています。7月の1世帯当たりの消費支出は政権発足当時より4万6,000円以上もダウンしているのです。

その代わり、企業がため込んだ内部留保はこの4年間で100兆円余りも膨らみました。第三の矢の成長戦略が予想通りの力を発揮できず、賃金や物価が上がらないことを前提にした考えが企業や家庭に残っているのでしょう。デフレ克服に課題が消えず、日銀が目指す物価上昇率2%にはまだ遠い状況です。その結果、アベノミクスの評価も相半ばする形となってきました。

消費税は公約と異なる使途に変更する方針

自民党は前回の公約で消費税の10%への引き上げを2017年4月に実施すると公約していました。経済再生と財政健全化を両立するためで、同時に軽減税率制度を導入するとしていました。増税分は全額、増え続ける社会保障費に充て、国民に還元する方針でした。消費税が8%から10%になることで増えると見込まれる税収は5兆6,000億円。このうち、8割に当たる4兆円程度が社会保障費を賄うための赤字国債発行抑制に使うことになっていました。残り2割に当たる1兆円程度は所得の低い高齢者への給付金支給などに充て、社会保障を充実させるはずでした。

ところが、消費増税は景気回復への影響を考慮して2019年10月に先送りされました。当初は2015年に実現させる予定の消費増税を2017年に先送りしていますから、2度目の延期です。さらに、今回の衆院選に当たり、安倍首相は消費増税の使途変更も打ち出しました。増税分の見直しや他の制度改革で2兆円程度を捻出し、低所得世帯の子どもを対象に高等教育の無償化や幼児教育の無償化を進めるとしているのです。前回の公約を撤回し、社会保障のあり方自体を高齢者中心から全世代型に転換しようとしているわけです。

教育の充実も国の課題ですが、国の財政は赤字国債の発行を重ね、どうにかやり繰りしている厳しい状態。すでに国と地方を合わせた借金総額は1,000兆円を超え、主要先進国で最悪の水準に陥っています。政府は政策に必要な経費を借金でなく、税収などで賄う財政健全化目標を打ち出していますが、達成は難しくなりました。消費税の使途を変更すればさらに財政の悪化が見込まれるとの声もあり、安倍首相の方針転換に賛否両論が上がっています。

国民の目を地方に向けさせたのは安倍政権の功績

安倍政権の最重点施策の1つに浮上したのが地方創生です。前回衆院選の直前に当たる2014年、担当大臣を置き、人口の東京一極集中是正と地方の振興に向け、さまざまな施策を矢継ぎ早に打ち出しています。

地方創生という言葉が国民の間に定着し、役所以外の民間企業や大学が地域振興に本腰を入れ始めた点は評価できるでしょう。大都市圏の若者が地方の自治体で一定期間働き、定住を目指す地域おこし協力隊はここ数年、参加者が急増し、地方移住の増加に一定の効果を上げています。しかし、その他の施策は成功したといえないのが実情です。

政府が鳴り物入りで打ち上げた中央省庁の地方移転は、全面移転が京都府へ移る文化庁だけ。全面移転候補として消費者庁の徳島県、総務省統計局の和歌山県行きが浮上しましたが、一部の機能移転にとどまりました。東京を離れたくない官僚の抵抗を破れず、掛け声倒れに終わったわけです。

民間企業の本社機能の地方移転も政府が本腰を入れて取り組んだ事業でした。本社機能を地方移転させた場合、法人税の一部を優遇する制度を2015年に創設しました。富山県に本社機能の一部を移したYKKグループのように地方に大きな経済効果をもたらした例もありますが、実行する企業は少数にとどまっています。

東京は人口の一極集中が続き、アベノミクス効果の恩恵を受ける企業の数も圧倒的に多いのが現実。東京に本社を置く方が営業政策上、効果が大きいとして地方から企業が東京へ移転する流れが逆に加速しています。

地方創成は結果が上がらず、徐々に広がる失望感

自治体に対しては集権的に介入し、地方創生に向けて事業を実施させようとしました。都道府県と市区町村に地方版総合戦略と将来の人口ビジョン策定を求め、そこから生まれた新規事業のうち優れたものを助成しているのです。人口減少を食い止めるため、まじめに取り組んだ自治体を優先して支援しようと考えたわけですが、競争意識をあおっただけで結果が伴っているようには見えません。

地方創成は結果が上がらず

人口ビジョンは大半の自治体が事実上困難に見える高さの合計特殊出生率に回復するとし、国立社会保障・人口問題研究所の予測よりはるかに緩やかな人口減少の未来を描きました。総合戦略に盛り込まれた事業は農業の6次産業化、訪日外国人観光客の誘致、若者の定住促進などどこかで見たようなものばかりが並びます。自治体の中には計画策定をコンサルタント会社に丸投げし、国の総合戦略を模倣したところが少なくありません。交付金を受けた事業の中には、3人の雇用や5世帯の町有林見学ツアーに5,000万円を活用するなど傍目に意味不明の事業も含まれていました。

霞が関の基準でしかものを考えられない国と、国に依存して自由な発想で地域の将来を描けない自治体の限界を見たと批判する声も上がっています。

その結果、人口の東京一極集中はさらに加速し、地方では中山間地域などで崩壊が始まっています。過去にも自民党政権は「地方の時代」「地方分権社会」など地方振興を狙ったスローガンを掲げましたが、地方に目を向けさせただけで成果を上げられませんでした。同じ結果が安倍政権でも繰り返されているようにも見え、一部で失望感が広がろうとしています。

日本経済の苦境から技術復活を公約に

日本は失われた20年の間に世界経済に占める地位を急落させています。バブル期に「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれたにもかかわらず、名目GDPの世界ランキングでは、中国に抜かれて3位に落ちました。国民1人当たりで換算すると、多くの欧州諸国やシンガポール、香港の後塵を拝しているのが現状です。

かつて日本経済を支えた家電産業はアジア諸国にシェアを奪われ、隆盛を誇った携帯電話はiPhoneの登場で次々に事業から撤退しています。こうした苦境を打開するため、自民党は前回の公約に科学技術立国を掲げ、技術力で日本経済の復活を目指しました。公約には日本人が発見、開発し、ノーベル賞を受賞したiPS細胞や青色LEDの名前が踊り、これらに続くイノベーションを日本から起こすと力を込めています。

それまで政府は財政健全化に力を入れ、科学技術にかかわる予算を縮小させていました。国立大学は法人化後、運営費交付金が減少しています。私立大学への助成も減る一方。民間企業も長引く不況で技術開発への投資意欲が減退していました。それだけに、技術復活を掲げたことは評価に値するといえるでしょう。

成果を上げるにはさらなる環境整備が必要

しかし、科学技術力の復活には時間がかかります。

英科学誌「ネイチャー」によると、2005年から2015年までの10年間に世界で発表された論文数は80%増でしたが、日本は14%増にとどまりました。日本の世界シェアは2005年の7.4%が2015年に4.7%に低下しています。大学や企業の研究開発に対する活力が鈍っているのは間違いないでしょう。

特に大学は定年退職する教員の補充を任期付き教員で賄い、任期後の行き先がない「高学歴ワーキングプア」が増えています。これでは研究に没頭することは困難です。大学の稼ぐ力も不足しています。

政府は運営費交付金などの削減に伴い、公募方式で研究者に資金獲得競争をさせる競争的研究費を増やしましたが、産学共同研究の額は米国よりひと桁少ない状態です。政府は運営費交付金の減額をストップし、給付型奨学金の導入など優秀な学生を大学が確保できるよう動き始めました。科学技術力の復活には大学の力が欠かせません。早急に任期付き教員など課題を解決し、研究に没頭できる環境整備を進めることが求められています。

自民党2014年政策集