「すべての女性が輝く社会」と政治の役割 -安倍政権の「女性の活躍推進政策」を考える

日本の女性の政治的、経済的地位は、世界の最下位クラスというのは有名です。世界経済フォーラムが毎年発表している、男性と女性の格差を表すジェンダーギャップ指数(GGI)は、145か国中101位(2015)政治的地位は106位、経済的地位は104位です。ものを決めるところに女性が圧倒的に少ないことが分かります。
女性が社会のなかでどう扱われているかをみれば社会の質が分かるといわれています。

日本の女性の地位の低さは、障がい者や、高齢者、性的マイノリティや最近では非正規の若者や社会の周縁に位置づけられてきた人たちの生きにくさとつながっています。
約40年近く女性差別をはじめ、あらゆる差別や暴力のない公正で平和、持続可能な社会を求める運動にかかわってきました。
1995年第4回北京世界女性会議を契機に発足した「北京JAC=世界女性会議ロビイングネットワーク」や「アジア女性資料センター」、また災害政策に男女共同参画の視点が入るように政府に働きかけるための「男女共同参画と災害復興ネットワーク」といった団体で私は活動を続けています。また11年前には、地域でNPOを立ち上げ、DV女性や子どものための居場所をつくり、夫の暴力から逃れてきたものの経済的困難に直面する女性たちの支援活動を通じて母子家庭の厳しい現実に向かい合っています。

最近、痛感するのは、支援という川下で溺れた赤ちゃんを善意で必死に助けても川上=政治を変えなければ溺れた赤ちゃんはいなくならない、つまり社会はよくならないということです。
そこで、川上を変えていくために私たち一人一人が、政治に関心をもち、今、どんな時代に生き、どんな方向に向かおうとしているのかを見極め、自分の頭で考え行動することがとても重要だと感じています。

安倍首相って女性の味方?

一番気になるのは、安倍首相は、第2次安倍政権誕生後の2013年4月以降、「女性の活躍推進政策」を掲げ、働く女性の味方であるかのような最近の動向です。
2014年の国連総会では女性の社会進出を支援していると一般討論演説で強調し、女性に理解ある「フェミニスト」政治家としての国際的評価も得ていると聞きました。しかし私には何か下心があるように思えます。

というのも安倍首相という人は、1990年代後半から2000年代初めにかけて夫婦別姓選択制や女性差別撤廃の国際的動きを受けた政府や自治体の男女共同参画政策に対して、また「過激な性教育」批判の中心的人物だったからです。

その人が、なぜ、これほどまでに女性の活躍が叫ばれるのでしょうか。

「女性の活躍」はお国の経済のためにある?

この豹変の背景の一つとして、経済政策「アベノミクス」の人材活用が挙げられます。

2016年4月1日には「女性の活躍推進法」が施行されました。女性の職業生活における活躍の推進のための基本原則を決め、国や自治体を含めた事業主の責務を明らかにし、300人以上の事業主に男女の採用比率、管理職登用などの行動計画策定について定められました。
さらに「すべての女性が輝く社会づくり本部」が内閣府におかれ、5月20日には「女性活躍加速のための重点方針」が発表されました。この法律をみるとワークライフバランスのための環境整備や男性の意識改革、ハラスメント対策など、素晴らしい内容の項目が並んでいます。この法律自体は、いわゆるエリート女性の総合職採用が増えているにもかかわらず、6割の女性が離職している現実をみると私も歓迎しています。

実際、無償労働の1割しか担っていない男性が、介護や育児などの政策を決めている現状を変えていくためには女性の政策過程への参画は不可決です。せめて3割の女性がいなければ、男性もいろいろ、女性のいろいろいることもわかりません。

1995年国連の北京女性会議以降、世界各国は女性の政策決定への参画を推進するために積極的に差別をなくす措置(ポジティブアクション)が取られてきました。
例えば韓国では県議会、国会議員の比例区では男女同数を政党に義務付けるといった法律が作成されたのです。この間、日本では政治家に女性差別を解消する「ポリティカル・ウィル」(政治的意思)がなかったため、取り残されてきたのです。

今回推進されている「女性活躍推進政策」はエリート女性を増やすという点では、安倍首相の「ポリティカル・ウィル」(政治的意思)を見出せます。

しかし気になる点を2点あげましょう。

一つは、背景として「少子高齢化が進み、人口減少」が挙げられ、そのために女性が社会のあらゆる分野で活躍できるよう、女性の参画拡大の一層の取組の推進」が必要とされていることです。
女性もまた、潜在能力を発揮して、まっとうな働き方が保障されるのは基本的人権だという考えに基づいたものではないことです。
残念ながら女性は、いつも労働力が余ると最初に首が切られ、不足すると不安定な非正規雇用として雇われる労働市場の労働力の調節弁として使われてきました。
ですから「女性活躍」と言って一体誰のために「活躍」するのかを問いたいのです。自分自身の生きがい、自分や愛する人たちのために活躍するのであってお国のためにではありません。

二つ目は、「すべての女性」と言いながらも、働く女性の6割近くが非正規で、その7割を女性が占めている現状を解決する策が見えないことです。
それどころか労働者派遣法を改正し、一生派遣といった人を制度的に作り出す動きが一方にあります。
「多様な働き方の選択」という名の新自由主義政策のもとに、自己責任、自助努力の欠如として切り捨てられる女性を生み出し、エリート女性とノンエリートと女性間に分断と格差が一層拡大しています。

子どもの6人に1人が貧困、シングルマザーの大半が、生き延びるのに精いっぱいという現状を思うと「すべての女性が輝く」という修飾語が私には空虚に響きます。

どんな国で、女性は活躍させられようとしているの?

次に、安倍首相の描く、エリート女性にせよ女性の活躍が期待される社会は、どんな社会なのかを見ておきたいと思います。

それが一番わかるのが自民党「日本国改憲草案」です、そこでは、女性が活躍し輝くあるいは一億総活躍も、お国のための下僕として位置づけられていることが分かります。
まず前文をみてみましょう。

現憲法の前文は、基本理念である「国民主権、基本的人権の尊重、平和主義」を掲げられ、人類普遍の原理と謳っています。これに対して自民党草案では「尊厳をもった個人」は消え、「日本国民は、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。」「日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに憲法を制定する」と、国家のために憲法を制定するとあります。個人と国家の関係が逆転しています。

さらに驚いたことに現憲法97条、基本的人権の保障が削除されていることです。また99条の憲法尊重義務を負うのは天皇、国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員だったのが、自民党草案の102条憲法尊重義務は国民となっています。

人権に関する規定が大きく修正され、第13条の個人の尊重は人としての尊重に代わっています。これは人格をもった個人が基礎となっている現憲法の性格を完全に覆すものです。それは、第24条の夫と妻の本質的平等の規定の前に、自民党草案で家族規定を入れていることにも表れています。
「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」というものです。助け合う家族がいない単身世帯が増えている現状を、どう見ているのでしょう。

さらに9条には国防軍が明記され、緊急事態には内閣総理大臣が全権限を掌握し、人権の制限、国の命令に国民を従わせることが可能となっています。
災害多発の時代、緊急事態といえば多くは納得するという狙いなのでしょうが災害対策基本法など既存の法律で十分対応できるのに、これもまた安倍政権特有のまやかしです。

中国や北朝鮮からの武力攻撃から国民を守る、というなら戦後70年続けた平和外交で、それこそ知恵と愛で対立から協調へと進める外交を進めていけばいいのではと思います。

いずれにせよ、女性活躍が、戦争のできる国、戦争に加担する国だということ、それは結果的に戦争に協力することになる、ということを私は肝に銘じたいと思います。戦前、市川房枝さんが、女性が国防婦人会に参加することで、家から解放、社会進出につながると考えた結果、戦争に加担したと戦後反省されていたことを思い出します。

同じ過ちを繰りかえさないために、私たちに求められることは、いま、どんな時代を生き、どこに向かおうとしているのか主体的に考え、動くことだと私は考えています。

コラム:先憂後楽

コラム:先憂後楽

安倍内閣を支持しますか?

結果を見る

Loading ... Loading ...