世襲の何が悪い?世襲が生み出す格差社会

自民党は世襲議員が立候補する際に公募を義務付ける案をまとめました。世襲議員を優遇しない強い姿勢を見せたかのような自民党ですが、この提言案にどれほどの効果があるのかといえば少し疑問です。

世襲といえば、世襲議員、タレント、企業家など、すぐに思い浮かびます。ですが、世襲芸術家、スポーツ選手、科学者と聞かれると、すぐに思いつかないものです。なぜなのでしょうか。
そもそも、親から子へと受け継がれる「世襲」に、何か問題があるのでしょうか。

「世襲」が生み出す高いハードル

定義や選挙結果などによって変化しますが、日本の国会議員はおおむね20~30%位が世襲議員だといわれております。1960年頃には3%程度であったとの調査結果がありますので、その割合が、大きく増加していることが分かります。※

一方、日本の被選挙権者(衆議院議員に立候補できる人数)に占める国会議員の割合は約0.0007%(国会議員707人/25歳以上人口約9900万人)です。この数値を見ると、国会議員になることの難しさがよく分かります。その20~35%位を世襲議員が占めているのですから凄まじい割合といえるでしょう。

確かに、親の職業にあこがれ同じ政治家を目指すことも考えられますし、議員を目指す人が少ないということも要因でしょう。しかし、それを考慮しても世襲議員の強さは異常です。

この強さの背景には、親から受け継がれる、地盤(講演会)、看板(知名度)、カバン(選挙資金)などの政治資産が大きな影響を及ぼしているといわれています。

これらの資産を一般人が手に入れようと思うと相当な努力が必要です。仕事での成功やさまざまな活動を通じた人脈づくり、長年の努力が必要でしょう。すぐに手に入るようなものではありません。

世襲議員は、これらの資産を手にしながら政治の場に登場してくるわけですから、何も持たない一般人が政治を志すことに二の足をふむのもやむを得ないでしょう。対抗できる資産を持つ人でないと、なかなか立候補とはいかないでしょう。すなわち、一般人が政治の世界に参入するには高いハードルがあるといえるのです。なにか不公平な感じがします。

世襲は「優待制度」。固定化される職業

ところで、憲法14条第2項は貴族制度を禁じています。これは憲法の目指す法の下の平等を実現するためです。

昔は貴族の家に生まれれば、それだけでさまざまな特権を与えられていました。とんでもない不平等です。制限して当然といえます。さらに過去にさかのぼれば、社会制度として職業が固定され、農民の子は農民、武士の子は武士と親の職業で仕事が固定されていました。人生の大半を占める職業が生まれたときに決まるなんて、今だと考えられないですね。

こうした歴史が示すのは、皆が平等にあつかわれ自由に仕事を選べる、ということは人間の本質であり、よりよい人生を歩くために必要不可欠なものだということです。しかし、世襲が進むと、これらが崩される危険があります。

そもそも、自分の子どもが可愛くないという親は少ないでしょうから、自分の仕事や地位に満足している人が、それを子どもに受け継ぎたいと考えることは当然といえます。自らが歩いてきた道が魅力的であればあるほど、子どもにも同じ道を歩かせたいと思うのが人情でしょう。企業の社長や政治家、タレント、医者などに世襲が多いのも納得できます。ですが、それは同時に他人のチャンスを奪うことでもあります。

職業には必然的に枠があるのですから、親の資産を活用する、いわゆる「優待券」を利用して参加すれば、明らかに有利に進めることができます。そうなると、「優待券」を持たない人たちがつきたい職業から排除されてしまうのは必然です。

それが連鎖していくと、政治に限らず魅力ある職業はどんどん世襲化が進み固定されていきます。実際、いまの社会を見渡すと、さまざまなところで世襲化が進行しているような気がします。

職業人としての遺伝子?

世襲を肯定する人の中には、「職業人としての遺伝子がある」、「小さい頃から職業教育を受けている」と言われる方もいるかもしれません。しかし、スポーツ選手や科学者、芸術家などでは世襲はほとんど生まれません。親がスポーツ選手だと小さい頃から同じように訓練されている子どももたくさんいるでしょう。にもかかわらず、世襲があまり生まれないのは、そういった世界で成功するためには「努力」が必要だということでしょう。つまり、親が「優待券」を渡せない実力の世界なのです。

そうした世界から見ると、人間の本質は遺伝などによって決まるのではなく「努力」によって決まるということがよく分かります。少なくとも、社会の発展により大きく移り変わる職業に先天的な「遺伝による才能」が存在するとは思えません。とすると、世襲議員がこれほどまでに存在していること自体、望ましい状況とはいえないでしょう。

それでは「世襲」をどう考える

しかし、世襲を全く禁止すると、子は親の仕事につけなくなり不平等になってしまいます。かといって全く規制しないのもよくない。自民党もその点を考慮して検討しているのでしょう。

それでは、どのように世襲の問題を考えればよいのでしょう。この点、政治哲学者ロールズが提唱した「無知のベール」理論が参考になりそうです。この理論は簡単にいうと、何かを決めるときに、皆が自分自身の属性(職業、経歴、年齢、性別等)について「一時的に記憶喪失になる」というものです。

そうして議論し決定すると、皆は記憶が戻ったときに自分が何処にいるか分からないため中立的な立場で、すべての社会階層に配慮した意見を出すことができる。結果として公平で妥当な結論が見出せるというものです。

この理論は、現実的ではないと批判されていますが、世襲議員の規制を考えるうえで参考にできると思います。つまり、当事者である自民党が世襲議員を決めるのでなく、ベールをかぶった人(利害関係のない第三者)が決めることが必要だということです。

努力が実る社会への一歩を

「権力は腐敗する」イギリスの歴史家ジョン・アクトンの有名な言葉です。いまの日本社会は親から子へ、子から孫へと職業(権力)が受け継がれ、少しずつその権力は増し、固定化しているような気がします。1960年代から現代にいたる世襲議員の増加がそれを示しているといえます。

資本は資本を生み出し、富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる。格差社会を生み出す背景となっている一つが、この「世襲」だと感じます。政治は、日本社会の方向性を決める場であり、議員は国民に規範を示す立場です。その政治家が「世襲」に対してどのように挑むか。日本の未来を決める大きな一歩となります。

努力が報われる社会を創るのか、既得権益に配慮するのか。世襲議員に対する態度は日本の方向性を示す重要な一歩です。だれもが平等に実力を発揮でき努力が報われる社会、その方向性を示す一歩を、政治に強く期待しています。

【※出典】 選挙研究ホームページ「世襲議員の実証分析」飯田健・上田路子・松林哲也

世襲について歴史・国家篇

二宮 憲志

二宮 憲志

40代前半、滋賀県在住、男性、元公務員、元コンサルタント、現在はフリーランス。30代は仕事をしながら勉強に励み、政治学と経済学の学位を取得。日本社会の柔軟性のなさに日々疑問を感じながら、日本の政治と経済を考えています。「言葉で日本に振動を」、そんな気持ちで発言(政say)していきます。