トランプ氏が米国大統領選挙に勝利してから少し経ちますが、先ほど、トランプ氏が米国のFOXニュースで必ずしも一つの中国政策に拘らないとの考えを示したと報じられました。全く楽観視できない状況です。トランプ氏はアメリカファーストを標榜していますが、今日は、アメリカだけ良くなるモデルは本当にアメリカを良くするのか、ということについて書いてみたいと思います。
まず言えることは、トランプ氏のこれまでの発言からすれば、トランプ氏は、強いリーダシップを発揮している国のリーダには概ね関心をもっていること、現状の同盟関係に強い不満をもっていること(応分の負担の要求)、そして保護貿易的重商主義的考え方であること、は明らかだと思います。
まず3番目の論点について。例えばTPPやNAFTAには強い不満をもっており、未だに就任演説で脱退を表明するとしています。単に脱退でも大きなインパクトがありますが、世界経済の発展のためには自由貿易は必須です。従って、世界一位の経済規模をもつアメリカが自由貿易推進の旗振り役をやめることになるのは、世界経済の先行きに大きな影響を及ぼすことになり、ここは絶対に軌道修正してもらわなければなりません。これは日本の国益という問題ではなく、世界の発展のために必要なことだと確信しています。
TPPについては、発行の条件が全原署名国のGDPの85%以上を占める6か国以上の国内手続き完了となっているので、当然ですが米国の国内手続きは必要条件になります。米国は日本に対して2国間EPAとしての再交渉のメッセージを送っていると理解していますが、日本としては日本の国内手続き完了をもって、前述の理由を盾に、再考を求めていくべきです。TPP再交渉なども含めて認めることは絶対にできません。
一方で、アメリカファーストの経済政策で、交通運輸インフラの改善に5500億ドル、法人税減税(概ね35%を15%に)、雇用を制限している規制の改革、オバマケア見直し、そして金融規制強化法の見直し、という非常に大胆な雇用政策を打ち出していることを見れば、これらの公約を現実的なものに修正したとしても、結構な経済対策になるはずです。アメリカ経済の問題は、マクロでみれば世界一安定的に成長しているものの、中間層・低所得者層の雇用と賃金が上がっていない事なので、どのように労働分配率を上げていくか、ということはあるにせよ、そこは大きく刺激される可能性があります。しかし、この観点に立っても、国際的に新興国を中心に金融秩序を不安定化しないか、と言うことの方が大きく注目すべきポイントです。
いずれにせよ、保護貿易主義重商主義的アメリカファーストの政策で、世界経済の牽引役となれる世界経済モデルを構築できるかどうかが問題になるわけで、私は極めて懐疑的に見ています。アメリカファーストでアメリカが良くなるほどアメリカは小さくないはずです。
続いて2番目について。今年9月ごろだったと思いますが、トランプ氏は、米国は世界の警察官になることはできない、と発言しています。これは、オバマ大統領の昔言った発言と趣旨は全く違うものであって、オバマ大統領は、力の行使を背景にした世界秩序の構築の修正を意味していたと理解できますが、トランプ氏の場合は、アメリカの財政的負担の問題が先立っていると理解できます。例えば、アメリカが最強の国であるときに世界は最も平和で繁栄するのであって、アメリカはこれからも平和構築と人道支援の役割を果たしていくし、そのためにアメリカは再び強くならなければならない、と発言しています。これは孤立主義とは全く一線を画する考え方です。
つまり財政的にリーズナブルであれば米国の安全保障上の世界でのプレゼンスを維持するという理解ではありますが、一方で、現在の安全保障上の世界秩序を歴史的な経緯も含めて完全に理解し納得しているかは全く持って不明で注目すべきポイントです。
まず身近な日米同盟の軍事的中身については、深い理解があるとは思えません。例えば、アメリカが攻撃されても日本は何もする義務がないのに、日本が攻撃されたらアメリカは全力で助けなければならない片務的条約である、と発言しています。日本が攻撃されていてそれを助けにきたアメリカを日本は守るとした(正確に言えば3要件が満たされたとき)先の平和安全法制の整備に日本がどれほどの努力をしたのかをどの程度理解しているのか気になるところです。駐留米軍経費負担をどの程度日本がしているかの理解についても不明です。
米中関係については、今回この記事を書こうと思った直接の理由に繋がる今日耳にした、一つの中国政策に拘らないとした発言は大変憂慮すべきものです。トランプ氏は徹頭徹尾中国の事をそれこそボロクソに言っていますが、中国にとって一つの中国政策は、歴史的に見て間違いなく譲れない最大最高の核心的一線なはずです。現時点での中国の反応は、この手の話題に対してのものとしては極めて抑制的に見えます。トランプ氏の発言は感情的にはとてもスキッとするとの意見を多く聞きますが、決定的に米中関係を悪化させるはずです。
今まで論理的に矛盾の多い国際政治に関する発言は、今思えばむしろ軽い悪のりの感さえしてきます。例えば国際社会の中では世界秩序に対する挑戦者として日本では考えられないほど反感をもたれるロシアのプーチン大統領を賞賛する発言をしたり、今年に入って2回も核実験を断行した北朝鮮の金正恩に理解を示したり、日本や韓国に核武装を促したと捉えかねない発言をしたりですが、中国に関しては、レベルが違います。これはもしかしたら、大統領になる前に大きく踏み込んでおいて、南シナ海などの案件について中国の譲歩を引き出して、後にアメリカも譲歩したような形で元に戻す、という非常に高度な戦略があるのではないか、などと妄想してしまいますが、注目していかなければなりません。
次に中東への関与です。米国にとっては最大級の重要政策であるはずでし、私自身大きな関心をもっています。今のところ、イスラム過激主義に対する強烈なアレルギーという単純な動機から発しているものと思われます。ISISの台頭は、オバマ大統領の融和的政策によるものだという単純な理解に基づくもので、ISISを徹底的に叩き潰し、イラン核合意を破棄するのだという政策に繋がっています。
アメリカとしては影響力が低下した現在、サウジアラビアやトルコなど影響力のある中東の大国を味方にして進めなければ、平和的解決は望めません。昔のブッシュ政権時代のようなゴリ押し政策では混乱が増すばかりです。プーチン大統領に一定の理解を示したのは、もしかするとこうした中東問題を念頭に置いたものなのかもしれませんが、であれば、トルコやサウジアラビアに対する発言は矛盾していますし、イランの核合意破棄も、もう少し戦略的であるはずです。かといって、オバマ大統領の融和的政策は甚だ弱すぎたのも事実です。
つまり総合すると、よく分からない、という一言に尽きてしまいます。強いアメリカになって頂くのは大歓迎ですが、一体どのように世界秩序に関与すべきかについては、オバマ以上ブッシュ以下の新しい価値軸を作っていくしかありません。
以上いろいろつべこべ申し上げましたが、大きな期待をもって平和と繁栄に関与していかれることを望みたいと思います。
出典:大野敬太郎オフィシャルサイト「オピニオン」【2016年12月13日公開】