2016参院選の前に考えたい〜民主主義について〜

今年は「民主主義」というワードを聞く機会が例年と比べ、多かったのではないでしょうか。主に選挙のときや政治の話をするときに使われ、今年は安保法が法案として審議されているときに話題になりました。しかし、「民主主義」という言葉を正確に理解している人は、少ないのではないでしょうか。来年には参議院選挙が控えている今だからこそ、「民主主義」についてみなさんと一緒に考えてみたいと思います。

民主主義とは

さて、いきなり問題ですが民主主義と聞いてどのようなことをイメージしますか。「話し合い」「多数決」と頭に浮かんできませんでしたか? 私は、つい最近まで民主主義とは「話し合って物事を解決し、それで解決できない時は、多数決で一つの答えを導きだすもの」と理解していました。

しかし今年の夏、安保関連法案(現在は安保法)において賛否が激しく分かれ、新聞では「民主主義を脅かす」と書いてあったり、「民主主義を殺さないで」など民主主義にまつわる否定的なワードが並んでいました。
このことから「民主主義は話し合いで決め、それでダメなら多数決」という私の考えが否定された気分でした。

そもそも民主主義とは、「…権力は人民に由来し、権力を人民が行使する…」と『広辞苑』(第六版) には書いてあります。柔らかく言うと、「ある問題をみんなで知恵を絞り、自らの力で解決していく」ということです。
ある問題について、賛否が分かれれば、どちらの意見が優れているかを決めるのではなく、お互いの意見を出し合い、個々人では思いもしなかった新たな問題解決策を出すこと、これこそが民主主義というものです。

しかし、これを達成するためには条件があります。それを、民主主義の成り立ちから考えていくきたいと思います。

民主主義の歴史

民主主義の起源は古代ギリシアに遡りますが、近代的な意味での民主主義の起源は、西欧の諸革命が大きく影響しました。とりわけフランス革命は、民主主義にとって多大な影響をもたらしました。このことからフランス革命に対して、ポジティブな印象を持っている人は多いのではないでしょうか。

しかし、それは大きな間違いです。フランス革命により国民が政治を動かすようになると、革命の徹底化を図ったジャコバン派のロベスピエールが恐怖政治を行いました。その結果、王政が復活し、また共和制に戻るといった現象が起きたのです。人々は大量の犠牲を伴いながらも民主主義を勝ち取ったはずなのに、王政のときよりも厳しい生活を余儀なくされ、結果として従来の王政に戻ってはを繰り返しました。

また当時の西洋諸国では、絶対王政が当たり前であったので、フランスが共和制になると、隣国の国王たちは、その影響が自国に波及してくることを恐れ、多くの戦争が行われるのです。そして戦争のために人々は兵士として召集され、さらには高い税金をかけられたのです。

人々は国家からの自由を求めて、多くの血を流し、民主主義という栄光を勝ち取ったはずなのに、それとは裏腹に多くの犠牲を生み、国家間の戦いへと突き動かされていったのです。(君塚直隆『近代ヨーロッパ国際政治史』第9章・第10章)

民主主義を実現するために

ではなぜ人々はこのような歴史を築いてしまったのでしょうか?
絶対王政といった社会を打倒し、自由で平等な人々に主権が存在しにもかかわらず、何故このようなとになったのでしょうか。

それは、国民は間違いを犯すということを当時の人々が棚上げにした上で、主権を手にしてしまったのです。こうして私利私欲に基づいた権利を、国民一人ひとりが主張し、国家は誤った道に進んでしまいました。

要するに、民主主義を達成するには私利私欲を捨て去り、人類の共通課題を知性から見つめなければなりません。そうすることで民主主義の本質を見ることが可能になるのではないでしょうか。このように民主主義とは非常に抽象的なものであり、未だ具現化できていない状態です。いわば、民主主義は実験途中なのです(宇野重規『民主主義のつくり方』第4章)。
だからこそ私たちは学び続ける必要があり、比較・検討し、最良の民主主義を確立していかなければならないのです。

鈴木宇星

鈴木宇星

20代前半(男)、大学生。理系の大学に進み、プログラミングを習うも夢が見つかり、モグラ叩きのゲームを最後の作品として残し退学。現在は北海道の大学で政治と法律を専攻。