書評

「無信不立(信無くば立たず)」を行動原理とする元総理

決断のとき――トモダチ作戦と涙の基金 (集英社新書)

小泉純一郎  取材・構成 常井健一 (集英社新書)

中国古典の『老子』には、「理想の社会とは、民が、政治や政治家のことをいっさい考えずに平穏な生活を送れることだ」といった意味の文言が記されています。しかしそれはあくまで遠い過去の牧歌的時代においての理想であり、現代の高度に発達・複雑化した世界では一般国民は常に政治のありよう・成り行きに注意を払う必要があります。

21世紀を目前にした日本で、主に若者の政治離れが叫ばれていた中で政権の座に就いた小泉純一郎元首相は、いわゆる「政治のショー化」をもたらし、ときには「ポピュリズム(大衆迎合主義)」と揶揄されましたが、広く国民に政治への興味・関心を持たせた功績は大きいでしょう。

本書は、小泉元首相が、東日本大震災で「トモダチ作戦」として福島第一原発への対処活動などを展開した米国兵が、その任務後に健康を損なった現実(放射能などとの因果関係は正式には認められていません)を知ったうえで、米国兵への恩返しという意味合いで、彼ら彼女らを可能な限り助けようとする基金設立に関しての記述から始まり、小泉氏が半生を語った回顧録へ移っていきます。

首相在任中は「非情」と評されることが多かった小泉氏ですが、米国で病に苦しむ元兵士の話を聞いたあとの記者会見では感極まり涙を止めることができなくなります。「年齢のせいか涙もろくなった」と彼は照れますが、若い頃から義侠心はかなり強かったようです。

首相在任中もハンセン病患者の救済・北朝鮮拉致被害者のための尽力などの功績があります。メディアなどでは、超市場原理経済政策を追求して格差拡大を進めたリーダーという面が大きく取り上げられるも、決して弱者といわれる人々を完全に切り捨てることはなかった面もあります。その振り幅の大きさが魅力となって、圧倒的な国民的人気を得られたのかもしれません。

政界を引退したとはいえ、近年は原発反対運動に力を入れている小泉氏。それは以前、推進派とみられていた者の「変節」と見られる向きもありますが、エコカー登場時、いち早く積極的導入を命じたり、沖縄の基地問題でも可能な限り自然環境を守る線を模索したりなどのアクションがあって、意外にも「環境問題を真剣に考える自民党政治家」だったのです。

小泉氏の語る半生は、昭和後期から現在までの、いわゆる「今、生きている貴重な現代史」とも読めます。最後に「けっこう、余計なことを話したね。もうこれぐらいでいいでしょう。あとは適当に直してください」と締めますが、まだまだ多くのエピソードを聞きたい、これからも語ってほしい、という思いに浸ります。

決断のとき――トモダチ作戦と涙の基金 (集英社新書)

前田健作

前田健作

40代男性。茨城県在住。ライター・フォトグラファー。ライターとしては小説アプリにて多数執筆。フォトグラファーとしては「パック」という名前で活動中。日本はもちろん諸外国の政治体制や政治指導者への関心を持って生活しています。