書評

専門家でない人々による憲法論の前に問われる「良識」

憲法の良識 「国のかたち」を壊さない仕組み (朝日新書)

長谷部恭男(朝日新書)

ここ数年、安倍政権による憲法改正への動きが注目されています。もともと自民党は憲法改正を党是として結成・運営されてきたので、それを推し進めていくのは自然の流れです。

しかし、衆議院憲法審査会で安保法案を「憲法違反」と発言して物議をかもした著者によれば、「現在の日本国憲法には、積極的に変えるべき条項も条文も多くない。変えるべき理由がない条項は、変えないほうがよい」と主張。

「『近隣諸国の軍事的脅威から国を守るため、そして自衛隊の存在をはっきり憲法に書いて、自衛隊の人たちに誇りを持ってもらいたい』というのは、憲法を変える理由にならない」と続けます。近隣諸国の軍事力拡大が、憲法九条を変えたからといって収まるわけはなく、さらには九割を越える人が「自衛隊に良い印象を持っている」といわれる中、九条を変えると、なぜ彼らが誇りをもつのか、はなはだ疑問、と。

法律やルールに我々がなぜ従って行動するかといえば、そのほうが我々が本来すべきことをよりよくするためです。そういった中で、法の解釈が必要になる場合として、「ある公園には自動車の乗り入れは禁止するというルールがある」という事例を設定します。公園の中でケガ人が出て救急車で病院に搬送しなければならない。このとき、果たして公園の中に救急車は乗り入れてはいけないのか、という問題があります。そこが人としての良識の出番であり、法の解釈のしどころです。

他国の有事に際して日本の自衛隊が駆けつける集団的自衛権は、憲法違反である、という解釈を、内閣法制局は戦後一貫して維持してきました。ところが、2014年、内閣法制局長官が、憲法違反ではない、とこれまでの有権解釈をひっくり返しました。そして、集団的自衛権の行使容認が閣議決定され、翌年、安全保障関連法が制定されたのは記憶に新しいところです。

実定法(刑法や民法など)と違い、憲法の中には、あえて具体的な指示を書かないことで、その時々の解釈に委ねるものがあり、九条もその一つと著者は説きます。「日本も『ふつうの国』になる、九条は非常識だ、という人は、九条を非常識なものとして理解するから非常識なのであって、良識に沿って解釈すれば、非常識なものではない。それは解釈する側の考え方の問題です」と続けています。

他にも、憲法のような社会の中長期的な原理原則を定めている文章を変えるか変えないか、という問題を、ほんとうにその場限りの単純多数決だけで決めていいのか、といった問題提起や、「ほかの国はもっと柔軟に変えている」という言い分に対しては、九回変わっている韓国の憲法を例に挙げ、軍事クーデターや民主化闘争などで政情不安定だったからであり、「日本でもクーデターを起こしますか、という物騒な話になってくる」という強い説得力で迫り、今の日本の政権がしようとしているのは、そのぐらい重大で、決して軽はずみにおこなうものではない、という警告を発しています。

日本という国を形作っているのは、結局のところ、現在の日本の憲法原理である、と主張する著者の、学生時代から現在までの体験や思考をも追うことができる一冊です。

憲法の良識 「国のかたち」を壊さない仕組み (朝日新書)

前田健作

前田健作

40代男性。茨城県在住。ライター・フォトグラファー。ライターとしては小説アプリにて多数執筆。フォトグラファーとしては「パック」という名前で活動中。日本はもちろん諸外国の政治体制や政治指導者への関心を持って生活しています。