書評

世襲の果てに何が残るか、何を残すか

安倍三代(朝日新聞出版)

青木理(朝日新聞出版)

安倍晋三首相の祖父といえば「昭和の妖怪」と呼ばれる岸信介元首相を多くの人が思い浮かべるかと思います。本書は、安倍首相の母方の祖父・信介のほうではなく、父方の祖父・安倍寛(かん)から父である晋太郎、そして晋三へと連なる、知られざる「男系」安倍家を、政治家として、そして人間として綿密な取材のもと描かれたルポルタージュです。

現在、世襲国会議員は全体の約四分の一。自民党に限ると約三分の一で、内閣閣僚に至ってはおよそ半数を占めます。世襲議員の是非については意見が分かれるところですが、著者は、安倍家の世襲に関しては厳しい評価を下しています。歴史に残る長期政権を達成しそうな現在の晋三首相が三代の人物のなかでもっとも見劣りするという評価はどういうことなのか。そこが本書のテーマです。

祖父・寛は、山口県の寒村に大地主の子として産まれ、東京帝国大学を卒業した秀才。そして「富の偏在は国家の危機を招く」と主張して衆議院総選挙に立候補・当選。しかも後の戦時中に行われた総選挙では、真っ向から戦争に反対して出馬し、特高警察の強い圧力をはねのけて当選したという硬骨漢。人柄も情熱的かつ凛とした、弱者にも配慮を怠らない態度。51歳という若さでの死は、多くの人から惜しまれたそうです。

父・晋太郎は、寛を失った若き日から天涯孤独の身。戦争下では、あと一歩で特攻隊の一員として死ぬところだった過酷な体験を経て、政治家になるに至っても、親から受け継いだ地盤だけでは足りず自らドブ板の活動で必死に票田を開拓しました。その経験は後のリベラルでありながらも強者・弱者あらゆる方面に対するバランス感覚の高さにつながり、急逝しなければ間違いなく首相の座を射止めたと言われるほどです。

そして現在の首相・晋三。著者の地元における取材では寛や晋太郎への敬慕を惜しまない人々も三代目に対しては厳しく冷たい評価がほとんどです。でもそれは無理もないかもしれません。地元に密着して活動した先代・先々代と比して、東京生まれの東京育ち。ましてや現在は首相として常に日本はもちろん世界全体を大局的に見なければならない立場です。

とはいえ、三代目・晋三の調査を進める著者は違和感を覚えはじめます。現在の強引と言われる政治姿勢からは想像できない幼少年期。おとなしく目立たない「いい子」で、特に際だった個性や成績も残さず、何よりも政治に関して興味・信念がなかったと思われる、と当時を知る人は口をそろえて言います。大学時代の恩師たちのほとんどに至っては安倍晋三という学生を記憶していない、とも。

著者は、晋三首相は政界入りしたあと、保守的思想を持つ周囲の人間に感化されて今の考えや政治家としての振る舞いを後天的に獲得したのではないか、と推測しています。

大学時代の恩師でただ1人、晋三を記憶しているという宇野重昭氏が、違憲だと批判された安保法制について著者から意見を求められた際、涙を浮かべながら語ったのが「目を覚まし、正しい意味での保守、健全な保守を発見してほしいと思っています。でなければ、(肯定的な意味で)歴史に名を残すのではなく、とんでもないことをやった総理として歴史にマイナスな名を残すことになる。名誉ある安倍家の名を汚すことになる」。この言葉も賛否が分かれるでしょうが非常に印象的でした。

安倍政権を支持する人はもちろん、支持しない人にとっても興味深い内容になっています。首相のルーツを知るためのみならず、なぜ現在のような政治状況が構築されたのかを考えるためにも一読の価値があります。

安倍三代(朝日新聞出版)

前田健作

前田健作

40代男性。茨城県在住。ライター・フォトグラファー。ライターとしては小説アプリにて多数執筆。フォトグラファーとしては「パック」という名前で活動中。日本はもちろん諸外国の政治体制や政治指導者への関心を持って生活しています。