書評

目指すべきは「真の独立国家」

日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか(集英社インターナショナル)

矢部宏治(集英社インターナショナル)

本書は、さながら1つの大河小説を味わっているかのような錯覚に陥る圧倒的迫力の戦後における政治史としても読め、当然、今後の日本の安全保障を考える上での警句もあふれています。徹底した綿密な調査、そして参考文献として取り上げられる書籍・雑誌・論文・報告書の多さに驚かされます。

一見、本のタイトルから、2015年の安倍政権による安保関連法などが頭をよぎります。しかし、実は日本は、1945年から1952年までの米国による占領体制下における時点ですでに「戦争ができる国」になっていた、というのが独自研究・取材を進めてきた著者の主張です。現在も「占領下における戦時体制(戦争協力体制)の法的な継続」が続いている、とも。実際、1950年に勃発した朝鮮戦争にて、日本による米軍への戦争協力により、とうの昔にそれは証明されているとのことです。

敗戦後に米国側の意向を大きく汲んで作られた日本国憲法の第9条は、主に「戦後世界の設計者」といわれるジョン・フォスター・ダレス国務省顧問(のちの国務長官)による巧みな政治的策略・トリック・日本側と交わす密約などにより有名無実なものへ変質し、「完全にアメリカに従属した、戦時には米軍の指揮下に入る自衛隊」という、米国にとって都合の良いものが実現され、現在に至っていると著者は述べています。

明文化された法律・条約を避け、戦後の日米は多くの密約を取り交わしていきます。密約というゴマカシを通すため、さらに嘘が重なり、それを守るために、さらにまた嘘で固められていく日米安保問題。日本の政治家・外務省官僚の奮闘もむなしく、ダレスの政治テクニックにより上手くかわされてしまい、結果的に米軍の巨大な基地権や指揮権は現在に至るまで日本国内に存在し続けることになりました。

しかし、ドイツのように、敗戦国でありながら、戦後処理を極めて適切に行い、ヨーロッパにおいて経済のみならず政治的にも大きな存在感を示すことができるようになったという例やフィリピンのように、憲法の改正(加憲)をして米軍基地をなくした例などがあります。

著者も「私たちはあきらめる必要はないのだ」「自分たちには政治についての自己決定権がある」と読者に訴えています。

戦後70年を経て、ここは日本国民も民主主義のもと、政治的イデオロギー、右派・左派などといった立場を問わず議論を尽くす必要があると思います。それが植民地的支配をされている状態から、我が国が「真の独立国家」へ至るための最善の道に他ならないのではないでしょうか。

日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか(集英社インターナショナル)

前田健作

前田健作

40代男性。茨城県在住。ライター・フォトグラファー。ライターとしては小説アプリにて多数執筆。フォトグラファーとしては「パック」という名前で活動中。日本はもちろん諸外国の政治体制や政治指導者への関心を持って生活しています。