自民党の改憲草案はまずい!?

2016年7月に参議院議員選挙が行われましたが、その時の争点の一つとして野党が憲法改正阻止を掲げました。しかし与党である自民党はこの件を参院選での争点として議論を行うことを徹底的に避けました。今回はその自民党が2012年に示した憲法草案に関しての私の意見を述べたいと思います。

自民党の憲法草案における変更点

さて、その自民党の憲法草案ですが、現在の日本国憲法と具体的にどの点が違うのか。変更点は多岐に渡りますが、私が重要と思った箇所についていくつか簡単にあげさせてもらいます。

まず第12条、13条の国民の自由及び権利に関する条項で「公共の福祉」という部分が「公益及び公の秩序」という言葉に変更になりました。そして13条において、「すべて国民は、個人として尊重される。」という条文の「個人」が「人として尊重される」と「人」に置き換わっています。

さらに19条において「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」とありますがこの「侵してはならない」の部分が「保証する」という比較的弱い言葉に変更されています。

また世間で何かと話題になりがちな憲法9条も大幅に変わっていますが、今回私が述べたいのはその点についてではないので、省略させていただきます。

どうして自民党の憲法草案がまずいのか

タイトルで自民党の憲法草案がまずいと書いていますが、一見しただけではそれ程違いが分からない方もいらっしゃると思います。では一体先ほど説明した変更点のどこを私が危惧しているのか、それに関してこれから述べていきます。

上記の変更点を見て私が真っ先に感じたのは、自民党は国民の自由や権利を制限して、国家権力を強めようとしているなという事です。どうしてそう考えたのかというと、まず19条の条文の思想及び自由に関して「侵してはならない」が「保証する」と国が国民に保証してあげるよという形になっています。「侵してはならない」という絶対的な言い方をわざわざ弱い言い方に言い換えており、あからさまに個人の権利を制限しにかかっていると思います。

そして私が最も大きな不信感を持ったのは「公共の福祉」が「公益および公の秩序」という言葉に置き換わった点です。そもそも公共の福祉というのは国民の権利と権利がぶつかりあった時の矛盾を調整するためのもので、そこに国家権力の介入の余地はありません。しかし自民党草案の13条の条文においては「生命、自由及び幸福追求権に対する国民の権利については、公益および公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限尊重されなければならない」となっており、この憲法を文字通り解釈すれば国にとって都合の悪い人物を公の秩序に反したからという理由で処罰できるようになる可能性が生まれてしまいます。国の都合によってだれかれ構わず処罰されるような社会が健全なはずがありません。

最後に13条において「個人として尊重される」の「個人」が「人」に置き換わっている点です。わずかな変更点ですが、わざわざ自民党が「個」という一文字を抜いたからには、そこに必ず何らかの思惑があるはずです。これまでの流れを踏まえると「個人」を「人」と置き換えることにより「1人の人間として」の権利や自由を失わせようとしているのではないかと考えるのが妥当です。

以上の理由から私は自民党の改憲草案に不信感を抱き、非常に強い危機感を感じているのです。

このような憲法草案を通さないためには

さて、上記を読んでいただけた方には自民党の改憲草案が非常に危険なものであることが分かっていただけたと思います。

しかし恐ろしいことに憲法改正の話となると、憲法9条が真っ先に話題に上がりそれが隠れ蓑となって、インターネット以外のテレビ等のマスメディアではこのことが語られることはほとんどありません。現在憲法によって保障されている自らの自由や権利を守るためには国民の一人一人が政治に興味を持ち、きちんとした知識を蓄えて、おかしなことはおかしいと世論が示すことです。

そうすれば先ほどから述べている自民党の改憲草案のようなものを国会に提出などなかなかできませんし、もし万が一提出されて国会で承認されたとしても私たち国民による国民投票でNOをつきつけることにより私たちの自由と権利は守られます。

自民党改憲草案を読む 

田中よーすけ

田中よーすけ

福岡に住む20代の学生、男性です。趣味はスポーツで汗を流すことです。日ごろから政治に強い関心があります。