「国家」の議員が見るものの先には

国会議員は、地方議員とはその性質を違えて本来は国家国民全体に広くその政治活動を委託され、また責任を負うべきものではないでしょうか。当たり前のように聞こえるこの本質を今一度改めて考えたときに、必ずしもそうはなっていない現状に戸惑う気持ちがありました。

メディアを通じたイメージと、当然のように感じてしまう先入観は

私たちは日常で見聞きする政治の印象から、なんとなくそれを自然なものとして「国会議員とはそういうものだ」という半ば諦めにも近い先入観を持ってしまっていないでしょうか。実はこのことが上記に挙げた本質と実態とを乖離させてしまう1つの要因になっているようにも思います。

『A県の発展のために頑張りたい。国政の場に皆さんの声を届けるために力を貸してください』
国政選挙の時期になると、候補者が決まってこのような口上を携えた演説をする光景を、少なからず一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。
過去何十年も続くそういったキャッチフレーズのような決まり文句があまりにも当たり前になってしまっていて、どうしても私たちは特に気にも留めることなくただその空虚な言葉の前を素通りしてしまいがちです。

しかしよくよく考えてみると、ん? ちょっと待って? という気もしてきます。

選出される地元の経済発展を優先させ、地元の意見を国家に反映させようとすること。

これらは果たして「国の」議員が率先してすべきことなのでしょうか。

戦後間もない時代に国力そのものが低下し、インフラ整備や一大国家プロジェクトによって国と地方とを結ぶことがそのまま国家の発展に繋がる時代もありました。国家の発展に資するという意味において、これはすなわち「国の」議員としての使命とも言えたでしょう。
今のこの時代にそれがまったく当てはまらないとは言いません。もっと言ってしまえばそういった、地元に恩恵を還元する気概があってもいいのです。

ただここで言いたいのは、自身が再選出されることを第一優先にするあまり、国会議員が負うべき責任とは国家国民全体に対するものだという意識が欠如してしまっているのではないかということです。
彼らは一体誰の顔色をうかがい、誰に恩義を感じ、誰のために動くのでしょうか。それは他ならぬ、自身を当選へと押し上げてくれる地元の支持者たちです。そしてこの支持者たちは自らの地域から国家の議員を輩出することで、他の地域よりも経済的に潤うチャンスを獲得し、また「自分たちの地域は向こう何年かは誰々先生のお陰で安泰だ」という精神的安堵感を得ます。

この相互の利害が一致する関係性を、荒い言い方にはなりますが仮に一言で切り捨ててしまうならは、それはまさに癒着という言葉にさえ置き換えることができます。
地元と議員の癒着とも言える関係性、この関係において最大の問題は国会議員の進退に関わる決着の仕方です。

大多数の意見に勝る一部の思惑

例えばある国会議員に関するスキャンダルや汚職事件が報道されることで多くの国民がその人物に対する不信感を抱いたとします。
しかし次回選挙ではその選挙区の地元住民が大量に票を入れてしまうことで、結局は当該人物が再選されてしまうという現象が生じます。

この議員について言えば、政治活動におけるあらゆる委託も責任も、その所在は地元有権者のみに由来するものではなく、あくまでこの日本に居住するすべての国民の信任するところにあるはずです。
このことを考えれば、せめて大多数の一般国民が「この人物は日本国の国会議員としてふさわしくない」という判断を表したいというときには、きちんとその意思表明が実現し得る制度体制が整備されていなければ、成熟した近代政治の本来在るべき姿とは到底言えるものではないでしょう。

国民目線の政治を考えてみる

最高裁判事については衆議院議員選挙の投票日と日を同じくして、その罷免の可否を問う国民審査制度があります。列挙された各判事の氏名ごとに×印をつけて特定の判事を罷免させるべきかと問うものです。

これをぜひ国会議員の候補者についてもやっていただきたい。仮にA県選出の現職議員が任期途中で何か問題を起こせば、次回選挙時にはB県の住民もC県の住民もその候補者の氏名を記載するか、または最高裁判事に対する国民審査と同様に×印をつけることで、この人物を当選させないという「国民」としての意思表示が可能になるからです。

国会議員である以上、信任を受けるのはある一部特定地域の有権者のみからではなく、日本全国に居住する全国民からでなければなりません。
地元有権者の固い結束の元に当選し、その地域の活性化や経済発展に資することを目的としたいのならば、都道府県議会議員ないし市区町村議会議員として活動していく選択をすればいいのです。それならば利も害も最終的に還っていく先は、その議員を選んだ責任のある地元住民だけにとどまります。

しかし国家という単位でこれをやられて損害を被った挙句に、国民がその責任追及はおろか再選を否定することすらできない現制度は、形はどうあれ改善されていかなければなりません。そうでなければ、各政党が選挙時には大々的に掲げるスローガンにあるような「国民目線の政治」などというものには到底寄り添うことはできないのです。

中村さとし

中村さとし

東京都の某官公庁で地方公務員を10年弱勤めたのちに退職し、現在は県内の民間企業で技術職に就いています。